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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<ユーモアの条件2

「ある日の午後カフカが私の家に来て(私は当時まだ両親のところに住んでいた)、部屋に入る足音でソファーに寝ている私の父を起こしてしまった。カフカは言いわけをすると思いのほか、手をあげてなだめるような恰好をし、爪先でそっと部屋を歩きながら、なんとも言えないやさしい声でこう言った。「どうか私を夢だと思ってください」。
 カフカは私のガールフレンドとベルリンの水族館見物をしたことがある。そのとき彼は明るい水槽の中にいる魚にむかってこう言った。「さあもうこれからは、お前たちを落ち着いて眺められるぞ。もうお前たちを食べはしないぞ」。ちょうどそのころカフカは厳格な菜食主義者になったばかりだった。
 こんな言葉をカフカがいかにあっさりと──なんの衒いもなく、少しの激情もなく(激情というものに彼はほとんどなんの縁もなかった)──言ってのけたか、それは直接に聞いた人でなければとても想像ができない。……いかにもカフカらしいと思われるその特異な言葉も、彼にとっては自然な生の形式ないし思考形式であるにすぎなかった。それ以外の形式は彼にはあり得なかった。その形式で語り、その形式で書くよりほかに方法がなかったのだ。まことにそれは自然だった。部分的にはカフカの妹たちの表現法にさえその特徴があらわれているのである。なんといっても彼の独壇場は夢想的で詩的な言いまわし、それに逆説的でユーモラスな言いまわしだった。
 …………
 あるときカフカは私に、ちょっとやってもらいたいことがあるから時間をさいてほしいと言い、こう付け加えた。「ぼくをかんべんしてもらいたいのだ、ぼくは自分をかんべんできないでいるのだから」。
 カフカの最後の言葉で同じような逆説的な型のものがある。彼の手当をしているクロップシュトック博士がモルヒネを与えようとしなかったとき、カフカはこう言った。「ぼくを殺して下さい、さもなければあなたは人殺しです」。
 はじめて喀血をし、結核であることがわかったとき、カフカはこう言っている(当時計画していた結婚に関連して起っていた種々の難問を、この病気がまるでおあつらえむきに解決してくれた、ということを言っているのだ)。「ぼくの頭がぼくに内緒で肺の奴と申し合わせたのだ」。」
(マックス・ブロート『フランツ・カフカ』)
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