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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<Re: 疎外だのみの芸術家

「この〔高見順の〕キャリアを見ても知られるように、高見と花田〔清輝〕は、アヴァンギャルド芸術運動についてといい、マルクス主義についてといい、ほとんど裏表の関係にある。高見がアヴァンギャルド芸術運動の体験を、転向を契機に風俗小説へと横領したのに対して、花田のアヴァンギャルド芸術は、マルクス主義とともに、戦時下抵抗の必須のツールであった。しかし、高見のような存在にとっては、戦時下にはほとんど目立たないポジションにいて(しかも、中野正剛の東方会にあって)「抵抗」を自称する花田は、「下町などで実直にものをつくっているひとにいちゃもんをつけて金をとっていくゴロツキ」(「創作合評」での発言)に見えたのである。これに対して、花田が高見順に貼りつけたレッテルは「世紀末のロマン主義者の遺物」(「ゴロツキの弁」五四年)というものであった。つまり、転向論の文脈で言えば、無垢をよそおって時代に迎合した転向者だというわけである。それは、転向後の高見が下降する下層が、「実直にものをつくっているひと」の世界として表象されていることからも知られよう。高見順が主要に描く浅草や銀座の風俗を彩る女性たちも、世事や色事にまみれながら、その「実直さ」に寄り添って本質的な無垢を懐胎する存在たちなのである。そして、転向知識人は、そこに下降していくことによって転向の疵をいやすことができる。転向は無垢な精神へと「回心」する契機として──疚しさとともに──肯定されもするのである。端的に言えば、それは「呪われた知識人」を生産する装置である。
 ……しかし、それらはいずれにしろ「反俗的俗物」(「反俗的俗物」五四年)と言われるべきものではないかと、花田は言うのである。
 「反俗的俗物」たる「モラリスト」は、また、「異端者」を自称する存在にほかならない。花田が「近代文学」派の同人(第一次)たちは「佐々木基一をのぞき、ことごとく異端者であった。平野謙しかり。埴谷雄高しかり。本多秋五もまたしかり」(「モラリスト批判」五六年三月)として、次のように言う。

(前略)かれらは、最初、どこかに正統派のマルクス主義というようなものが存在していて、そいつが公式的なものの見方のために手も足もでない状態におちいっていると考え、せいぜい、異端者らしくふるまうことによって、正統派に活をいれてやろうとおもったのかもしれない。そこには多少の善意がみとめられないことはない。しかし、なんというつまらない善意だろう。公式的なものの見方のためにがんじがらめになっている連中こそ異端者で、そいつを解放しようとするものこそ正統派だろうじゃないか。
 花田がこの論理を保守派カトリックの作家・批評家であるチェスタトンの『異端者たち』(邦訳『異端者の群れ』)を援用しながら主張していることからも知られるように、花田にとっての正統派マルクス主義の「党」は、普遍的な「教会」とアナロジー可能なものとして考えられている。……党は決して硬直した教義によって凝固しているわけではなく、「対立物を対立のまま統一」しているがゆえに「正統」なのだ。それゆえ、時には誤った方針を出すこともある。しかし、それが誤っているという理由で「正統」に対立しようとする異端は、カトリックの外部にある異教・邪説がそうであるように、むしろファンタジー(あるいは、初期花田の言葉を用いれば「錯乱の論理」)に過ぎないのである。……
 ……繰り返すまでもなく、花田にとって「党」は否定されるべくもない正統として考えられている。それは「社交的」パーティーとしてさえ否定されるべきではない。後にドゥルーズとガタリも言ったように、社交はそれ自体として闘争であり運動であるという側面を残してはいるからである。社交を運動性のほうに開いてやることこそが「党」であり、そのことこそが、その正統性を保証する。カトリック教会が「党」と異なるとすれば、それが、その運動性を弱体化させる社交だからであり、「異端」なるものを生じさせる硬直した「正統」に転化するからである。
 武井昭夫は、花田の高見順から「近代文学」派に対する「モラリスト論争」の意味を「『転向』イデオロギーとの対決」というところに求めている。これは、「モラリスト論争」において「転向」問題がそれほど主題化しているようには見えないにもかかわらず、そうであるという意味で、慧眼と言わなければならない。高見順や「近代文学」派の転向概念は、硬直した「正統」から疎外された「異端」として、自己を正当化するものだからである。そして、そうであるがゆえに、その「異端」は「正統」を打ち倒す権利を有し、疎外された自己を回復する権利を有する。これは、すでに見たように、吉本隆明の「転向論」に包括される論理であった。いわゆる「疎外革命論」にほかならない。」
(スガ秀実『吉本隆明の時代』)
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