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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<情愛を克服できない動物2

「エステルとほとんど離れることなくいっしょにいた、マドリッドでのその一週間は、いまでも僕の人生で最も幸せな時間のひとつだ。その一週間で僕は、たとえエステルに他に恋人がいるとしても、それはたいした存在ではなく、たとえ自分が彼女の唯一の恋人でないにしても──それはとにかくありうることだったが──「一番の恋人」であることはまちがいない、とわかった。僕は生まれてはじめて、無条件に、男である幸せを感じた。つまり人間の男性である幸せを感じた。なぜなら、僕ははじめて、僕に完全に躊躇いもなく心を開いてくれる女性、ひとりの女性がひとりの男性に与えうるものをすっかり惜しみなく与えてくれる女性を見つけた。僕はやはりはじめて、他人に対して、優しい、暖かい気持ちが湧いてくるのを感じた。みんなが僕のように幸せであればいいのに、と思った。僕はもはや道化ではなかった。僕は「諧謔的な態度」をどこか遠くに置き忘れていた。ようするに僕は復活しているのだった。そしてこれが最後のチャンスだとわかってもいた。全エネルギーが、セックスの方面に注がれた。それ中心にではなく、もっぱらそれだけに注がれた。動物は再生産に適さなくなったとき、何事にも適さなくなる。これは人間にも当てはまる。性欲の消滅したあとは、人生の本当の中核は食い尽くされてしまっている、とショーペンハウアーも書いている。たとえば、ぎょっとするほど激しいメタファーで、彼はこんなことを記している。「人生は人間によって開幕されるが後のほうは人間の衣装を着けたロボットが終幕までを演じる喜劇のようなものだとさえも言えよう」僕はロボットにはなりたくない。つまり、自分がここにいるという実感、ドストエフスキーなら「活きのいい人生の味」とでも言ったかもしれないもの、それを、エステルは僕に与えてくれたのだった。誰からも触れられない体のコンディションを維持してなんになるだろう? どうせひとりで寝なければならないのに、ホテルに上等な部屋を取ってなんになるだろう? これまでも実にたくさんの人間がにやにや外見を取り繕いながら結局負けを認めてきたものに、僕も屈服せざるを得ない。まったく、愛の力というのは、強大で感嘆に値する。」
(ミシェル・ウェルベック『ある島の可能性』)
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