「保坂 ……でも、何を書くか見当がついてると、書く気がなくなっちゃうんですよ。
福田 小島信夫さんなんかは、そういう書き方をしてるでしょうけど。書きながら、でてきたことを書いて、という。
保坂 うまくいくかどうかわからないやり方を、見当つけて書いてみて、良ければ残すし、悪ければ書き直すとか、もうそれは書かないとか。なんか本当に、見渡す限り水平線のところに船が浮いているような気分じゃないと、書きとおす気が起きないんですよね。逆に、書くことが全部わかってると、本当はせっかちだから『生きる歓び』みたいに4日で書いちゃう。だから、1日に多くて4、5枚というやり方じゃないと。職業だから長く続けられるやり方じゃないといけないし(笑)。何を書くかわからないというのじゃないと、4、5枚ぐらいというペースを維持できないんですよね、。
福田 何を書くかわからないというのは、下準備がいっぱい要るような形で書くのでなく、良かったころの石川淳みたいに一瞬ごとが賭けだ、みたいな形で書くということなのか、それとも、一瞬というよりもうちょっと長いスパンで、いちおうパースペクティブもあるんだけれども、あの水平線の向こう側には何があるのかわからない、ぐらいの感じで書くということなのか。
保坂 小説を書くことに関して「賭け」というボキャブラリーは、僕にはない。賭けは競馬場にいってやるわけで(笑)。
福田 賭けといって悪ければ、ベルグソン風に、一瞬ごとの直観みたいないい方になるんですかね。
保坂 そういう鋭い気分はないんですよね。」
(福田和也×保坂和志「音が鳴る、小説が始まる」)