「「綜合とは、横の線で考えた場合、七人掛けの卓に坐る七人の客との勝ち負けのトータルですね。ですが、縦に考えることもできます。私なら私が一時間、ゲームをすると、そのトータルも、縦の綜合であって、ハウス側が有利になるのです」
「ええ、ツイているときばかりではないから、長時間やっていれば、ハウス側に喰われてしまう。勝っているうちにやめろ、とよくいいますね」
「さて、横の綜合は、他の客の問題でもあるのですから、これはなんともなりません。私は私の縦の綜合のバランスをとらなければならない。そうする方法としては、見〔ケン〕があります」
「形勢がわるいときは参加しない」
「しかし一度や二度ならともかく、しょっちゅう見はしにくいですね。またそういうムードにハウス側は持っていきます」
「わかりました。それで最低単位で張るんですね」
「ええ。五ドルチップの勝ち負けは問題でないくらいの額を勝負のときだけ使うのです。すると、五十回、戦ったとしても、そのうち四十五回は五ドルチップなので、見と同じです。それも全敗ではありません」
「綜合で、二三割がた負けるという程度ですからね」
「五十回の綜合では、たしかにハウス側が勝っているのです。しかし向うは、客の張り額まで指定できません。ここが穴でしたね。私は五十回戦ったけれど、実際には四五回しか、戦っていないのです」
「それで、どこが勝負か、それが問題だ」
「いや、ここまでが勝負で、この先は慣れればやさしいです」
「そうですかね」
「え、急所はここまでですよ。お聞きになってみると、なんてことはないとお思いでしょうが、手品でもなんでも、ネタはみんなそういうものです」
「しかし、私にはこのやり方は操れません」
「どこが勝負か、ということをお話ししましょうか。これはブラックジャックの技巧というより、ばくちの基本なのです。目の変り方をマスターすること」
「目の変り、ですか」
「丁半博打が基本ですが、麻雀だって何だって、やや複雑なだけで、コツはそこにあるんですよ」
「教えてください」
「といっても、数学のように公式はありませんがね。一言でいうと、どんな人でも、生涯いい目を出し続けるわけじゃありません。全勝はない。そのかわり全敗もない。いい目と、わるい目と、線であらわせば、山、谷、山、谷、というふうに、うねうねとします。ただ、そのペースがちがうだけです」
「なるほど──」
「三回、いい目が続いて落ちる人もある。五回、いい目が続く人もある。人というより、これはそのときのツキでしょうね。むろん相手のエラーによる恵まれもペースを変えていきますが。とにかく、どこかで目の勢いが変る。どこで変るか、それを判断するのです」
…………
「わかりやすく、数字を使いましょうか。一方が順調に勝ちを積み重ねている、この状態を、七、八、とします。一進一退の並みの状態は、五、六、です」
「ええ──」
「並みの状態であれば、いい目の頂点にあがりつめた次が、落ち目に入るのです。ジャッキーでいうと、21、21、と最高点が続いた次は、落ち目の率が高い」
「なるほど。私たちは、ディーラーがいい目を続けて出すと、萎縮して張りを小さくする傾向がありますね」
「そういうときもありますよ。いい目が簡単にドンドン出てしまって、一方的にかっぱぐような状態、これを九、十、とすると、この場合には、21、21、21、21、ときりなく続くようになります。そうしてツキは固定していませんから、一応、変化をたしかめる必要がありますね」
「なるほど──」
「これは本勝負のバカラでは、特に基本になりますから、覚えておいてください。21、21、21、連続して出ているうちは、手控えましょう。18とか19とか、21のラッシュからはずれたあとが、狙い目です。山を越えて、谷の状態に向かうのですから」
「つまり、まず第一に、ディーラーが、今、五か、七か、九か、どの状態にあるかということを測定するわけですね」
「ディーラーだけではありません。ご自分もです。今いったことは、そっくり自分にも当てはまるのですよ。自分は例外というわけにはいきません」
「落ち目が続いたら、どこで上向きになるか、それを予知するわけだ」
「そうです。ばくちは予知できなければなんにもなりませんからね。さて、ディーラーの、山、谷、山、谷、というカーブがある。また自分の、山、谷、山、谷、というカーブもある。ディーラーの谷、自分の山、これがぶつかる地点が、勝負のタイミングです」
「そういうわけですね」
「ディーラーの山、自分の谷、はもちろんですが、自分の山でも、ディーラーも山であれば、辛抱するんです。急ぐことはありません。そのための五ドルチップです」
「よし、わかった」
「いや、思いこまないでくださいよ。出目は理屈ではありません。ヴァリエーションは無限に近くて、千変万化です。21が十回続くことだってあります。やってると、常識の枠を越えたことにどんどん出っ喰わしますよ」
「脅かさないでください」
「いや、私は基本をいうだけで、たくさんのヴァリエーションをいちいち説明できません。ただ、基本はあくまで基本です」
「ちょっと、やってきますかな」
「本当をいうと、社長は理屈としてわかっただけで、今すぐうまく対応できないでしょうね。どんなばくちでも、自分がセオリーをしっかりつかんでいたとしても、自在に勝てるようになるまでは、みっちり五年はかかります。何故かというと、ばくちはいつも瞬間の決断を強いられるからです。理屈じゃなくて、身体がすぐ対応できなければね。だから非常識な事態に対する経験をうんと積まなくては」
「──勝てませんか」
「勝ち方がちがってきますね。でも、社長はもう素人とはいえませんよ。まァ、やってごらんなさい」」
(阿佐田哲也『新麻雀放浪記』)