「服部 登山もそうだよ。色々と屁理屈捏ねて誰も登ってないからあそこ登ろうとか、ここはかっこいいから登る価値があるとか考えるけど、結局、求めてんのはどんどんやばい状況になってただ生きて帰るために必死になる瞬間だと思う。頭真っ白にして生きるためにただ活動する瞬間なんだよ。でもそういう瞬間ってなかなか来ないし、死ぬ一歩手前だから怖くてそうそう踏み込めない。なんとなく全体的には漠然と、いい天気でいい状態で気持ち良く登って「ああ良かった」って下山したいと思ってるけど、ほんの一部では強く、本当に自分の能力を一〇〇%発揮するくらいの状況に追い込まれたいとも思ってる。
石川 うんうん。
服部 でもやっぱり、死ぬかもしれないから「自分の心の過激な少数意見」には気がつかない振りをしている。怖くて自分の意志では行けないから、自然状況が不可避的に俺を追い込んでくれるのを期待している。といいながら怖いから、やっぱりそうならないように注意している……。いやぁもう答えはないね。ただ命が物理現象っていうのは二年くらい前に本で読んで、その時はピンと来なかったけど、そのあとまた別の宇宙物理学者が似たようなことを言ってて、これってもしかして正解なのかなって思い始めた。なんとなく自分の中でイメージが固まってきた。だから大したもんじゃないんだよ命も人間も……。川の流れと一緒だよ。
石川 大したもんじゃないことに必死にならないと、大したもんじゃないことが証明できない。
服部 たしかに! いいねぇ、そう、その通り!
石川 本気でやらないと、やっぱそれは証明できないから。
服部 ああ、そうなんだよ! それを今度、玄次郎〔服部氏の息子〕に言ってやってくれ。
石川 ふふふっ(笑)。
服部 「おまえ、大したもんじゃないことかは本気にならないとわからないよ」って。あぁ、そうだよ! すごい哲学者だ……。あ、でも昔、似たようなことを言葉を変えて思ってた……。無能であることを証明するには本気で頑張んなきゃダメなんだって。
石川 (笑) 本気でやって、やっぱ大したもんじゃないなって言われた最高っすね。
服部 そうかあ?(笑)
石川 まじか〜ってなるじゃないっすか。
服部 ……ただ「どうせ大したもんじゃないって最初からわかってるんだから証明する必要はない、馬鹿らしい」ってのが平成から令和にかけての若者の態度に見えるけど。
石川 そうなんすよね。俺もそう思うんすよ。
服部 なんでわざわざ自分が大した人間じゃないってことを証明するために本気になっていろんな活動をするのかっていうと、結局、それが一番面白いからだよ。
石川 そうっすよね。
服部 っていうところまで思考が辿り着いた! すごい!
石川 俺も今朝、うんこしながらそう思ってました(笑)。いるだけで意味があるじゃんって思うんすよね。」
(服部文祥+石川竜一『いのちのうちがわ B面』)