Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編
汝自己のために何の偶像をも彫むべからず
「シュヴァルツァーを御存知ですか?」とKはたずねた。ミッチーというのは村長の妻だ。「なるほど」とKにいわせるのは、村長の言いぐさがリクツの上で妙に筋が通っているばかりではない。いかにも村長のいいそうなことだからだ。村長はその時Kにとって、もはや村長ではない。「城下の村」の村長であり、「城下の村」の住人として意識される。そこでKは、
「いや、知りません」と村長は言った。「お前はもしかしたら知ってるかもしれないね、ミッチー? お前も知らないって? 二人とも知りませんな」
「それは妙だ」とKは言った、「下級執事の息子なんですがね」
「測量師さん」と村長は言った、「いったいどうしてわたしが、ありとあらゆる下級執事の、そのまた息子を片っぱしから知っているわけがありましょうかね」
「なるほど」とKは言った……(『城』)
百姓のリュフトナーのところ。大きな板の間。すべてが芝居がかっている。御亭主は神経質にヒーヒーハーハー言い、机をたたき腕を上げ、肩をぴくっと動かし、『ヴァレンシュタイン』の人物のようにビールのコップを上げる。その傍におかみさんがいる。年よりだ。作男だった今の御亭主と十年前に結婚したのである。亭主は猟に夢中で本業をなまけている。馬小屋には大きな馬が二頭、そのホメロス風の輪郭が、小屋の窓からさっと射し込む陽光に浮かび出る。これは作者の日記である。作者が療養のためにおこしたチューラウの農村での生活だ。これはたぶん、『城』の中の宿屋に使われているものだ。ここには肉体と肉体をとりまく印象派ふうな世界を見ることが出来る。つまり私たちは、空気を感じることが出来る。確固として馬が、百姓が存在していそうである。周囲に空気をもつ幸福。